父親がひとつひとつ丁寧につくる「もめん綿ふとん」の良さを、もっと多くの人に知ってもらいたい。最近は府中や近隣だけでなく遠方からも問い合わせが増えたことに手ごたえを感じている。「この技術を残して、広げていく」。
「ふとんやさん」。いつの間にか街であまり見かけなくなってしまった。その理由として、大規模量販店の急激な進出があることは容易に想像できる。大駐車場完備、既製品とはいえ多品種で大量の在庫を持ち、安価で、店員からのわずらわしい営業行為もないのがこれらの量販店。購買心理を徹底的に研究したシステムは、洗練されている。寝具を買う人、家具を買う人、日用品を買う人がごっちゃまぜになって、レジに整然と並んでいる風景は、同業者から見れば、すごいという他ない。 こんな「街のふとんやさん冬の時代」に、そういったこととは全く関係なく、50年もの長い間、地元に愛され続けているふとんやさんがある。北山町にある「岡田ふとん店」がそれ。駅前でもなく、メイン通りでもない。はっきりいって目立たない立地。しかし、お客様はひっきりなしにやってくる。3代目の岡田大輔が企画や営業を担当し、2代目である職人の父は主力製品である「手作りもめん綿(わた)ぶとん」をひとつひとつ丁寧に作り続ける。もめん綿と言われても、ピンとこないかもしれない。しかし、もめん綿ぶとんを日常つかっている人はよくわかるはずだ。上記量販店で安価で手に入れられる商品との決定的な違い、「眠りの質」の明らかな違い。この「もめん綿クオリティ」が、こんなご時世でも岡田ふとん店に多くの人が足を運んでいる本当の理由。手作りだから、必然的にオーダーメイドになることもさらなる人気につながっている。
職人の父と営業の息子という完璧にすみわけされた分業体制。だから、この親子は非常に仲がいい。仲がいい理由は他にもある。それは、息子から親への心からの感謝の気持ち。大輔は言う。「好き勝手やって、随分父には心配かけちゃったからなあ。」明治大学卒業後、財閥系の金融会社に就職。成績も優秀。ここまではよかった。その後、25歳になった彼は会社を突然辞め、それまでに貯めたお金を手に旅立った。世界放浪の旅。猿岩石ブームが来る前のことだったから、この奇行にまわりは混乱したに違いない。この放浪記は書籍にもなった。納得いくまで好きにさせてくれたからこそ、父に恩返しする。 仕事の減少、跡継ぎ不在等によって、ふとん職人が今、激減している。父は幸いにして、今も現役バリバリであるが、業界にいるひとりとして、この問題は重要だ。お客様が喜ぶはずのないふとんを、ふとん店が売らざるを得ない時が来てしまうのなら、ふとん店はやめたほうがいい。彼は今、全国の職人と必死に連絡をとっている。自らも父から直接学びはじめた。たとえ自分ひとりになっても職人を育成していくつもりだ。
「人生の1/3は布団の中です」。職人が手づくりしたふとんはオーダーメイド。
寸法、重さなどお好みで仕上げます。また、機械と違い真ん中だけがへたることはありません。
古い布団を甦らせる打ち直し。きれいにクリーニングし、綿を足し、新しい生地のおふとんは、毎晩とこに入るのが楽しみなりますよ。
軽さやサイズなどもお好みに合わせて仕上げます。